殺陣を学ぶ心得(Ⅰ)


殺陣」とは、武器を使って本当に闘っているように見せる剣技、つまり演技(※1)であり、本当に闘うものではありません。その反面、演技とはいえ、十分な注意と「心構え」が重要になってきます。つまり、殺陣には「技術」と「心構え」の両方が必要なのです。

侍道-殺陣塾では、日本の伝統文化としての殺陣を習得しながら、現在の日本社会で失われつつある、古き良き時代の生活習慣を学ぶものです。そこから、立ち居振る舞い・所作・気配り・礼儀作法・集中力・思いやりといった「心の鍛錬」を行うことを目的としています。

 

(※1)演技=演者自身の肉体を含めた、武器の操法・姿勢(構え・足運び等)の事 

                

  永原享 著「殺陣への道」より抜粋


殺陣を学ぶ心得(Ⅱ)


殺陣を学ぶ時には、必ず安全に配慮しなければなりません。そのために侍道-殺陣塾では殺陣の三要素を実践しています。

 その一 「刀の角度

刀の構え(上段の構えなど)をする時には必ず頭上40度~45度の角度を守ること。なぜなら、刀を突然に水平にして振りかぶったりすると後の人の顔面や眼球を突く恐れがあるからです。舞台や映画の現場では、刀を水平に振りかぶったり、刀の切っ先を後ろにしたりすると、その場で役を降ろされたりします。実際の剣術でも同じです。乱戦になった場合、仲間の人を自分の刀剣で傷つけたりしてしまうので、これは大変危険ですので厳禁です。 

その二 「声かけ 

刀剣をもって相手に斬りかかる時、無言でいきなり斬りかかっては相手に対して危険です。そこで、一瞬先に「やぁ!」と相手に声をかけて合図をしてから斬りかかります。この声かけで、相手もタイミングを合わせて剣戟(けんげき)ができるわけです。 

その三 「寸止め 

木刀や竹光をもって、稽古や剣戟(けんげき)をする時には、必ず寸止めを行います。稽古の時には、相手が子供さんやシニア、または体力のない女性の場合、まともに相手に打ち込みますと、大怪我をします。それを防ぐための寸止めです。また、舞台や映画では、高価な竹光刀を使います。リアルに銀紙で貼った刀身を傷つけると高価な修理代が発生します。相手の俳優さんから修理代を請求されることもあります。舞台や映画の現場では寸止めが当然の前提です。 

刀剣の振り回し

他にも、道場や撮影現場などで、周りの安全を確認せずに、やたらと刀を振り回してはいけません。事故や大怪我の元になります。 

刀剣の目釘の確認

刀剣をもって、稽古や演武・舞台・撮影等の時には、事前に必ず刀剣の柄の部分にある「目釘」を確認しましょう。この目釘が緩んでいたり、折れていたら、刀剣を振ったとたんに刀身がすぱっと抜けて事故の元となります。事前に必ず確認をしましょう。 


殺陣を学ぶ心得(Ⅲ)


刀剣の扱い

古代の昔から、刀剣は神聖なものであり、神や霊力が宿り、邪気を払う力をもつと信じられてきました。江戸時代に至っては、武士の魂とまで言われました。たとえ、木刀や竹光刀といえども、大切に扱い、床に落としたり踏んだりといったぞんざいな扱いはしないように心がけましょう。 

礼法の順守 

殺陣を学ぶ時は、礼法を大切に守りましょう。侍道-殺陣塾には決められた道場での礼法があります。きちんと行いましょう。 

礼儀の順守

道場内での神様(神棚)への拝礼、先生への礼儀、先輩への礼儀、同輩・後輩への礼儀はきちんと行いましょう。 

挨拶の励行

侍会館の道場へは、入いる時には「こんばんは」「おはようございます」と挨拶をしましょう。出る時も「失礼します」「お疲れさまでした」等々の挨拶を忘れずに致しましょう。 

稽古中の態度 

侍会館の道場での稽古中には、携帯電話やスマートフォンなどをいじったり、LINEや通話をしたりしないようにしましょう。稽古に集中しましょう。また、道場ではだらだらとせずに、きびきびと行動しましょう。 



殺陣を学ぶ心得(Ⅳ)


間合い」と「見切り

剣術には、「間合い」と「見切り」と云う言葉があります。「間合い」と「見切り」とは以下のような意味となります。

「間合い」→自分の攻撃が届く距離と相手の攻撃をかわせる距離の事。自分と対手との距離を意味します。

「見切り」→相手の刀の長さや速さ、斬り込む太刀筋を読んで、攻撃をぎりぎりで「見切る」事、かわす事。

殺陣にもこの「間合い」と「見切り」は重要な要素です。殺陣は相手との距離を絶えず考えながら剣戟をします。相手と離れすぎると相手を斬ることができず、リアリティがなくなり迫力もありません。殺陣のリアリティを出すためにはギリギリまで接近して斬り合いをします。そのために必要なのが「間合い」と「見切り」です。迫力ある殺陣の為に、絶えずこの二つを念頭に入れつつ稽古をしましょう。

この「間合い」と「見切り」を会得した者同士で殺陣を行うとお互いを信頼し合えるので、安心・安全に高度な殺陣ができます。


殺陣を学ぶ心得(Ⅴ)


刃筋」について

振る刀の刃筋を通す事は、居合道・抜刀道では大切な事です。抜刀道では、斬る方向に刀の刃筋がきちんと通っていないと、藁束は斬れません。刃筋が狂っていると、藁束にはじかれたり、斬り刺さったり、場合によっては日本刀の刀身が「く」の字に曲がったりします。また、居合道では刃筋が通らないと、刀が風を切る音が出ません。刃筋が通ると「ビョッ」「ヒュッ」「スカッ」という刃が空気を斬る音がなります。居合道などは、この音によって達人かどうかの判断ができます。この音が出るようになれば一人前です。殺陣でも、この刃筋は大切です。この刃筋を通すことでリアリティのある殺陣・剣戟が生まれるのです。


殺陣を学ぶ心得(Ⅵ)


「残心」について

剣術には「残心」という所作があります。剣道から居合道・抜刀道にまで、この「残心」があります。「残心」は文字通りに斬った敵に対して心を残すことです。相手と斬り合って、斬り倒した後には、必ずこの「残心」の所作をします。殺陣にもこの「残心」があります。殺陣では「残心」の所作の後に血振りをして刀を鞘に納めます。殺陣の検定試験の時には、この「残心」がなければ減点される場合があります。敵は死んでいると思っても、突然起き上がって反撃してくる場合があります。そのために、殺陣や試斬や居合の業の後には必ずこの「残心」の所作をします。

剣道でも1本をとった後でも「残心」の所作がないと1本としてもらえない場合があります。全日本剣道連盟の試合規則によると「有効打突は、充実した気勢、適正な姿勢をもって、竹刀の打突部で打突部位を刃筋正しく打突し、「残心」あるものとする」とあります。それほど残心は大切なのです。昔の剣客も、この「残心」を練り上げて、剣術修練の中で業(わざ)と精神の錬度を高めていったのでしょう。それは今も変わりません。

ニュージーランド出身で剣術の達人、アレキサンダー・ベネット氏が著書「日本人の知らない武士道」(文春新書)の中で「武道の本質はこの「残心」にあり」と喝破しています。また「スポーツと武道の違いはこの「残心」があるかないかによる」とも言っています。自分の人生にまで多大な影響を与えたこの武道の「残心」について、ベネット氏はこの本の中で非常に優れた「残心」の論考を縷縷述べておられます。ご興味のある方は是非ご一読をお薦め致します。



殺陣を学ぶ心得(Ⅶ)


「殺陣の足捌き」(ステップワーク)について

殺陣には剣術独特の足捌きがあります。剣道のように常に右足を前にして動くようなことはありません。剣術特有の様々な足捌きをします。

(一)左袈裟斬りの場合には(刀を右八相または上段の構え)から左下に斬り下ろす場合)左足は必ず後ろに引いてなければなりません。そうしないと自分の刀で左足を斬ってしまうからです。右袈裟斬りも同様です。

(二)相手と斬り合う中で、すれ違う時には必ず相手を見ながら、相手の方角に身体を回転させながら相手を斬ります。敵と反対側に回転すると背中を相手に見せる事になり、背中を斬られてしまいます。但し、逆斬りや複数の敵を相手にした殺陣・または演出によっては、この原則は適用されません。

(三)相手との殺陣ではお互いにすれ違って半回転(180度)して斬り合う場合には、必ず「1・2」というリズムで斬り、斬られます。斬られる方は一歩進んで、斬る方は一歩下がって斬ります。こうすることによって、お互いが撃尺の間合いに入って如何にも本当に斬っているように斬られているように見せる事ができます。

(四)殺陣の足捌きは、送り足・継ぎ足・右上移動・正面移動・左上移動・左右の移動・左下・右下・上下・前後・後ろへの引き足・回転移動・入り身・間合いを外すときの引き足の足捌きなどがあります。

(五)様々な殺陣に対応した様々な足捌きがありますが、基本は「一足一刀」の原則です。下半身の足が一つ動けば上半身の刀も同時に一つ動きます。三十七の型の動きがそのまま「一足一刀」になっています。


殺陣を学ぶ心得(Ⅷ)


「手の内」について

「手の内」を辞書で調べると、①手のひら・掌(たなごころ)②握った手のひらの内③腕前、手並み、技量④手の中で計画している事、などという意味になっています。剣術では刀の握り方、手のひらの動きで刀を操る技術のことを言います。

柄の握り方(手の内)は、普通は右手で鍔より少し離した状態で鍔側を握り、右手人差し指は鍔に当て、左手は柄側を握る。その際に、両手の薬指と小指で刀を支え、他の指は茶巾を絞るように柔らかく握る。柄の峰と親指と人差し指の間が線で結ぶように握る、これが基本的な握り方(手の内)です。とはいえ、人により握りやすいように握るのがベターです。

余談ですが昔、八段になる前の七段の先生に上手く刃筋が通らないので、「手の内の事を教えて下さい」と聞いたことがあります。「手の内がマスター出来たら七段・八段クラスやで」と言われたのを記憶しています。それほど難しいのがこの「手の内」です。その時に、ある技の、刀の柄を握った時の小指の運用法とか、刀身をこう動かす時は五本指で動かすのではなく、親指を入れたこの三本で、手首の動きと併せてこう動かすとか、斬り技のひとつひとつに手の内が違う事を教わりました。この手の内は先生ご自身が長い稽古の中でご自分のやり方で編み出した手の内なので、そのまま他人に合うとは限りません。要は、各人の手の大きさ、柄の長さ・太さ、目貫の位置、諸々違うので自分自身が稽古の中で作り上げてゆくしかないのです。さらに余談ながら、以前自分の新しく新調した居合刀を先生に振ってもらったことがありました。わりかし癖のある刀で刃筋の通りにくい刀でしたが、先生は2~3回振っただけで、きれいに刃筋が通り、ヒョッ・ヒュッ・スカッと刃が唸りだしたのには驚きました。日頃、何も考えずに何気なく振っている刀ですが、振る刀の斬り技ごとに、一度「手の内」を工夫してみるのも大切です。


殺陣を学ぶ心得(Ⅸ)


「目付け」について

初心者によく見られますが、相手と目線を合わすのが恥ずかしいのか、下を見ながら殺陣をされる方が時々います。これでは木刀を振る殺陣では危ないし、肝心の殺陣が出来ません。

「目付け」は殺陣にとっては大切です。居合道では遠山(えんざん)の目付けと言って、仮想敵を中心に見つめながらその場全体を把握し見通す見方を言います。傍(はた)から見ると、遠くの山をぼんやりと見つめているような感じに見えます。動き回る殺陣ですから、敵を見る目付けは大事です。殺陣の場合には複数の敵と相対して動き回りますから「目付け」もめまぐるしくなります。例えば二人の敵と相対した場合には、一方の敵に対しては刀の切先を伸ばして相手を牽制します。もう一方の敵に対しては目でもって威圧します。これで敵の二人は動けなくなります。これを刀で右・左とやると目線も反対に右・左と変わります。また一人の敵を斬り終えたら、次の敵に目線を変えて斬り込みます。今敵はどこにいるのか常に確認しながら動きます。殺陣の途中でお互いに一旦動きが止まった時にも、敵の左・右や後ろの敵にも目線をやります。車の安全確認ではありませんが、首振り目線も良いでしょう。これに気迫の表情や眼力(めじから)で敵を斬り伏せる気迫が出せれば迫力ある殺陣ができます。1対1・1対2・1対3・2対2・1対大勢などをやれば、おのずと敵に対する視線のやり方も身についてきます。「目は口程(くちほど)に物を言う」と昔から言います。目線・目付けは大切です。